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2010-06-26

思考訓練

10年前には最新鋭だったPCなので、なかなか更新が億劫でこんばんは。

今日は思考訓練です。発想法を磨くというか、先入観や不要な常識を排除してよりよいアイデアが出るように、私が実践していることです。

やってることは簡単。逆を行くことと、全て同一の結論に達すること。

いきなり食い違ってるわけですが、これを同時にやる訳じゃあありません。練習だからね。

まず、逆を行くこと。
世の中には、物事が滞りなく進むように人間が前提とする「先入観」「常識」というのがありますが、これが必ずしも当たっているとは限らないというのは皆さん知っての通りですし、モンティ・ホール・ジレンマのように、専門家ですら誤ることもあります。
こういうときにいわれることの一つに「別の視点から見る」ということがいわれるのですが、これは難しいのですね。なぜか。「違う視点って、どこから見たらいいの?」となるからです。これが写真や測量なら別の適当な地点の見当も付くでしょうが、思考という三次元の中は皆々で位置関係や距離が違いますから、客観的に適切な指示はまず無理です。

なので、「逆を行く」という比較的わかりやすい方法を採用します。

社会保障費の増大にしたがって増税の論議があったりしますが、増税云々ではなく、ここでは既定路線として扱われた社会保障費増大の逆を行き、これを削るとかいうところにスタート地点を設定したりします。

若者の○○離れの類では、「離れてない」「むしろくっついてきた」「むしろ若くない」「オッサンも離れてきた」など、何と何を逆と捉えるかによって、複数のテーゼをつくれます。で、これらの主張をどうやって補強するかということをやっていくと、ディベートの技術が付きますが、これはまた別の話ということで。

まずは、「逆を行く」。

次に、同一の結論に達することです。

僕の持ちネタに「赤いものは共産主義者と思え」というのがありまして、赤けりゃ何でも共産主義、スターリンの同志とかといってしまうののですが、これの応用です。

人間は生まれながらにして共産党員である。
資本主義の犬も流れる血は赤い点で、同志となりうる可能性がある。
日本国の中心は、共産主義である。
我々の力は強大である。信号では赤のみが全ての侵攻を止める。
赤いきつねと緑のたぬき。東洋水産の社員の半数は同志である。
太陽は1日1度は我々と同じ色に輝く。「同志、それは落日ですが!」

全て共産主義と結びつけてるわけですが、全て理由は「赤いから」。まあ、バカの一つ覚えなんですが。

で、ここで大事なのは同じ結論に達することなので、たとえば「絵の具のビリジアンは共産主義である」というテーゼを置きます。上記の例と同様に同一の結論に達しようとしましたが、今度は赤くないです。ですので赤いものを見たら共産主義と思うという画一的手法が使えません。なので、様々な点からビリジアンを共産主義と結びつけようという努力をすることになります。僕にはビリジアンを共産主義者であると断じるだけの論理が考えられませんが、別のものなら可能かも知れません。

・若者の○○離れは問題だ→○○離れは「素晴らしい」
・輸出企業の支援が必要だ→輸出企業を支援しないのは「素晴らしい」
・出生率の低下が問題だ→出生率の低下は「素晴らしい」
などなど。

べつにこうだっていいわけですが


・若者の○○離れは問題だ→○○離れは「右から二番目」である
・輸出企業の支援が必要だ→輸出企業を支援しないのは「右から二番目」である
・出生率の低下が問題だ→出生率の低下は「右から二番目」である


わけがわかりませんが、こうやってわけがわからないものを発見し、それに定義を与え、意義を探り、理由付けをする。こういう訓練をしておくと、「地頭力」とはまたひと味違った思考力が付くのではないかと思っています。


茶筒は丸か四角かという議論はできます。横から見れば四角く、上から見れば円いです。
でも、これだけではまだぬるいのです。大事なのはいくつもの可能性を検討することではありますが、いくつもの可能性をいくつ見つけるかというのが非常に大事なのです。
茶筒、斜め上から見れば楕円に見えるはずなのです。楕円は円くも四角くもないでしょう。
「茶筒は四角いんだぜ、ふふん」なんて言ってると、楕円派に足元をすくわれることになりかねません。

2010-04-03

regulars and irregulers solution

夕べちょっとばかりおもしろいことがあった。

正社員か否かで世の中を二分しても、何も解決しません。どのような立場でも誇りを持って安心して働ける世の中にするために、あなたは正社員を憎むだけですか? RT @: 残念な小島さんのコメント、フリーの人間は日々生きるために真剣なんだよ。(一部誤字訂正)
 ちなみにこの翌日、小島のオジキはフリー予定と報じられた。



個人事業者、中小、ベンチャーはみんな非正規なので、世界を正規非正規の2つに割って、非正規は可哀想な人と一緒くたに括るのは、あまりよろしいとは思わない。農家も漁師もおおむね非正規だろう。

なんだかんだいって、人生は優勝劣敗である。助け合いだとか思いやりなんてものは「幻想」だ。福祉なんていうのも同じ類のものだ。弱者救済のためのものなんかじゃない。"Friend in need is friend indeed."なんてことわざがあるが、あなたが辛いときに助けてくれるのはほんのひとつまみの人間だ。具体的にいえば地球上に4人いないだろう。大概は「頑張って」というだけで、決して手は伸ばさない。肉体的あるいは精神的にタフでなかったら、普通の生き方はあきらめて頂くしかない。

「どのような立場でも誇りを持って安心して働ける世の中」などというものは、北朝鮮にしかないのだ。人間も動物であって、人間同士で生存競争をする以上、絶対にあり得ない。あるとしてもそれは安易な現実逃避、安易な妥協だ。

不況という一種の飢饉の中では、他者を出し抜いて欺いて他人の分を取り上げてでも食わなければ死ぬ。生きている方の理屈に立てば確かにごもっとも。カルネアデスの板の話をするまでもない。住宅ローン、自動車ローン、毎月のお小遣いを守るためには他者を蹴落とすのも致し方ない。

ところで、オジキの発言は図らずも、正社員は実に美味しい立場であるということもあぶり出している。非正規雇用をフリーと呼ぶ人は、冗談めかして言うのでもなければ、絶対に、いない。
たぶん、自分がフリーになって会社員ではなくなることとの関係でああいう反応の仕方になったのだろうと思うが、(え、オジキってそんなに繊細なの?)

ここで話を横道に逸らす。

まず、平成の大不況は「天災」であるということ。もちろん"ヨーダ"宮沢がヘマをやらかしただとかいろいろな人的原因はあるが、カタストロフィックという点で天災と申し上げる。

次に、日本においては正規に非ずんば人に非ずといった「暗黙の前提」があるということだ。日本は新卒採用した人間はそのまま企業のマネーで職業訓練を受ける。これに対し、非正規では職業訓練を受けることがまずない。第二新卒といわれる25歳程度までの若年者の雇用が増えてはいるが、これも新卒での雇用が行なわれたことが前提である。新卒で雇用されなかったことは平成不況において一種の入れ墨といえる。25を超えれば未経験者採用は限られる。30を過ぎればそれもなくなる。35を過ぎれば生活保護の方が高収入。

本来、正規雇用という既得権ゲット組はフリーでは生きていけない連中がやることだ。本来は。群れを作るのは群れを作る必要がある生き物ばかりだ。有能な方は集団に頼らずともやっていける。
ところが、今では1人でやっていける個体ばかり群れに位置し、本来そこに置かねばならぬ「弱者」が追いやられてしまった。

正規雇用は一種の生活保護なのだ。


さて、「解決」。解決にもいろいろある。僕の考えのようにテロリズムで社会を変えるのが最も良いだろう。実際、10人程度の命を以て派遣業法は変わろうとしている。交通事故で年に5000人死んでもそれで社会は変わらない。でも、やり方次第では変わる。これ以上に効率的な手段を僕は知らない。逸失利益は1人あたり3億円としても35億円程度。しかし、元手はほとんど要らない。金で注目を浴びようと思ったら才能はいるし、35億では足りないだろう。

もっとも、これは皮肉だ。テロなんてないならないに越したことはない。

話を元に戻す。
福祉や思いやりは「幻想」と断言した。弱者は助けてもらえない。年金や保険の類は、強者が弱者に転落したときのための「保険」だ。純粋に弱者のためのものではない。強者の自己救済である。

さて、では、好況下では生きる糧を与えられた弱者は、仮想飢饉下ではどうしたらよいか。助けは何もない。答えは既に出ている。群れを作るのが最適だ。自然界では弱い生き物は皆群れる。ならば、弱い人間は群れるべきだ。強い連中が群れているのだから、尚更弱者は群れねばならない。