再び博士の異常な鼎談。
宮崎哲弥氏の見る夢は30になる頃まで視覚がなかったという。ラジオを聴いているような感覚だったとか。
有名な夢と言えばベンゼンの環状構造を提唱したケクレの夢だ。ここでは創作かどうかは検討しない。蛇が自分の尻尾を噛んでぐるぐる回っていたところから環状の発想に行き着いたとか。
おもしろいのは、夢は完全に自分の脳内のみで紡がれるのにもかかわらず、自分ではどうしようもないことだ。思い通りに全てが進んだって良いようなものなのに。
通常、一人称は意識する自分を指す。その一方、自分には思考していることが分からない自分、無意識の自分が存在する。食べ物の好き嫌いをしたり、ウイルス感染時に発熱したり、意識の睡眠中に記憶を整理する、夢を見る自分。
ウイルスは別にしても、好き嫌いには規則性がないし、記憶の整理の方法というのも、意識の自分には全く理解できない。無意識の自分にしか与り知らないところのものだ。
で、こいつは主に僕やあなたが寝ているときに起き出してきて仕事をする。前述の記憶の整理だったり、肉体のメンテだったり、大事なことをしてくれる。やらなければいけない作業というのはそれなりにあるので、それには十分な時間を与える必要がある。つまり、よく寝なければならない。
だから僕は私のこの作業がwell-doneとなるために、可能な限り決まった時刻に決まった時間仕事をしてもらう。起きている間にすることはこの時間にしてもらう仕事を予めかき集めてくるようなものだ。だから、この考え方にたどり着いてからはあまり寝て過ごすことはなくなった。そりゃ休日出勤や早出や長い残業はいやだもの。
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